【序論】

近年,乳酸菌や乳酸菌発酵物はプロバイオティクスとよばれ 整腸作用のみならず,血清脂質低下,免疫賦括,抗腫瘍効果など種々の機能を有することが明らかになりつつある日.中でも抗腫瘍効果については,ノトバイオートを用いて腸内細菌との関連を調べた実験2)や,前癖病変3)や培養細胞4)を用いたモデル実験など多くの報告があるが,それらは単一の乳酸菌あるいは,その培養物を用いた実験であり,複数の乳酸菌の混合培養物の有用性について調べられた実験は少ない.そこで我々は,多種の乳酸梓菌,乳酸球菌および酵母を混合培養して得られた乳酸菌代謝物質(SG)によるマウス大腸の1,2-ジメチルヒドラジン(DMH)発癌に対する抑制効果について検討した.

【結果】

大腸部位に発生した腫瘍は病理組織学的には全て腺癌であった.大腸腫瘍の発生率は,対照群が94%であったのに対して,SG群で65%であり,対照群に比べSG群は有意(p<0.05)に低率であった(表1).マウスあたりの腫瘍の個数も対照群で4.0±2.7(Mean±S.D.)個に対し,SG群1.4±1.5と有意
(p<0.01)に少なかった.さらに腫瘍サイズは投与群が3.1±1.7mmであったのに対しSG群で2.5±1.3と有意(pく0.05)に小さかった.
体重は,SG投与群が対照群に比べて高い傾向にあったが,有意な差ではなかった(図1).また,飼料効率は実験開始後5週目まではSG群で高い傾向にあったが実験期間を通して群間に著しい差は認められなかった.

【考察】

乳酸菌あるいはその代謝産物の抗腫瘍効果の作用機構としては以下の事が考えられている.Ⅰ)乳酸菌あるいは代謝産物そのものが腸内で作用する事により,または腸内細菌叢に影響を与える事により,発癌物質や発癌のイニシエーター,プロモーターの産生や発現を抑制し,それらの排泄を促進する.Ⅱ)乳酸菌あるいは代謝産物が癌細胞の増殖を直接,または生体の防御機構を活性化することにより抑制する5).今回用いたDMH誘発の大腸発癌のモデルでは,DMH投与と同時にSGを経口摂取させることにより大腸癌の形成は予防効果的に抑制されたものと考えられるが,その抑制機構を推察すると,Ⅰ)に関連して2つの可能性が考えられる.
1つ目はSG中に抗変異原性物質が含まれる事が判明している事から,発癌のイニシエーターの作用を直接弱める働き.2つ目には,SGが,乳酸菌等の有用菌に対しては増殖を促進する一方で,発癌物質や発癌のイニシエーター,プロモーターの産生や発現を促進すると考えられている有害菌の仲間に対しては,その増殖を抑制する事が,試験管内の試験でわかっている事から,腸内細菌叢をコントロールして大腸発癌抑制的な菌叢にする働きの2つである.現在これらの作用物質の同定を行っている.

一方,Ⅱ)の癌細胞の増殖抑制等の直接作用に関しては,SGに含まれる有機酸の影響,あるいは,SGが腸内細菌の有機酸産生に与える影響が考えられる.酪酸には大腸癌の細胞にアポトーシスを誘発することが確かめられている6)ことから,SGのアポトーシスに与える影響をはじめ,生体の免疫系に与える菌体成分の影響に関して現在検討中である.発酵食品の多くは多種の微生物が共生あるいは共存している事が多く,共生の場合にはそれぞれの微生物が発酵に於いて重要な役割を担っている.今回用いた多種混合培養物中の微生物が互いにどのような共生関係を保ちながら生体に対して機能性を発揮しているかについて,有効成分の産生性等を指標に現在検討中である.